大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和41年(ワ)687号 判決

原告

株式会社四方建設工業所

代理人

植原敬一

被告

平尾マツエ

ほか二名

被告兼右被告三名法定代理人

相続財産管理人

平尾佳志

代理人

山崎一雄

主文

一、被告平尾マツエは原告に対し、金六二五、五八七円およびこれに対する昭和四一年七月二二日より右支払いずみまで年六分の割合による金員を、同被告が被相続人平尾誠一(明治四四年七月七日生、本籍、兵庫県氷上郡春日町黒井二、一六一番地)より相続した財産の限度において支払いをせよ。

二、被告平尾佳志および被告平尾恵津子は、各自原告に対し金五〇〇、四六九円およびこれに対する昭和四一年七月二二日より右支払いずみまで年六分の割合による金員を、右被告らが被相続人前記平尾誠一より相続した財産の限度において支払いをせよ。

三、被告吉井和子は原告に対し金二五〇、二三五円およびこれに対する昭和四一年八月七日より右支払いずみまで年六分の割合による金員を、同被告が被相続人前記平尾誠一より相続した財産の限度において支払いをせよ。

四、原告のその余の請求を棄却する。

五、訴訟費用中、原告について生じた分はこれを七分し、その二宛を被告平尾マツエ、被告平尾佳志、および被告平尾恵津子の各負担とし、その一を被告吉井和子の負担とし、各被告について生じた分は、当該被告の負担とする。

六、この判決は、原告において、金二〇万円の担保を供するときは、被告平尾マツエに対し、各金一五万円の担保を供するときは、被告平尾佳志或は被告平尾恵津子に対し金八万円の担保を供するときは、被告吉井和子に対し、それぞれ仮執行ができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告平尾マツエは、原告に対し金六二五、五八七円およびこれに対する昭和四一年七月二二日より右支払いずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。被告平尾佳志および被告平尾恵津子は各自原告に対し金五〇〇、四六九円およびこれに対する昭和四一年七月二二日より各支払いずみまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。被告吉井和子は原告に対し金二五〇、二三五円およびこれに対する昭和四一年八月七日より右支払いずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの連帯負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、

一、請求の原因として

(1)原告と訴外有限会社平尾工務店(本店京都市上京区新町通一条上る一条殿町五〇一番地の一)とは、昭和四〇年六月末日原告を注文者右訴外会社を請負人として葵会北病院新築工事について次の請負契約を締結した。

(1)工事場所 京都市北区紫野上築山町

(2)工事代金 金二、〇〇〇万円

(3)工期 第一期 昭和四〇年一二月二五日まで

第二期 昭和四一年五月三〇日まで

(4)代金支払方法 毎月二〇日締切り、出来高の八〇%を翌月五日に支払う。

(2)右訴外会社は昭和四〇年七月初めから右工事に着手し、原告に対し、前渡金三〇〇万円の支給を要求した。

右請負契約において前渡金は支給しない約定であつたが、原告は同年同月二二日金二〇〇万円、同年同月二四日金一〇〇万円計金三〇〇万円を右工事の前渡金として右訴外会社に支払つた。

(3)しかるに、右訴外会社は、昭和四〇年八月二八日倒産し、右工事を中途で放置した。

(4)原告と右訴外会社とは昭和四〇年九月一〇日右請負契約を合意解約し、右当日における右工事の出来高は金一、一二三、二四〇円であつた。原告は前記のとおり、右訴外会社に対し前渡金三〇〇万円を支給していたので、差引金一、八七六、七六〇円を過払したことになる。

(5)右訴外会社は、前記のとおり倒産したので、原告は、同訴外会社より右過払金を回収することができず、右金員相当の損害を豪つた。

(6)右訴外会社の代表権を有する取締役であつた訴外平尾誠一(明治四四年七月七日生、本籍兵庫県氷上郡春日町黒井二一六一番地)は、右訴外会社が元来木造工事を主としており、資材、資金等の面よりして本件のような鉄筋工事を遂行する能力なく、加えて本件請負契約当時、既に資金枯渇により倒産の直前にあり、到底前記工事を請負つてもこれを完遂できる見込みのないことを予見しながら、原告から前記前渡金を得るために、訴外会社をして右工事を請負わしめ、受注後僅か二カ月後に倒産し、その工事を放擲して原告に対し前記損害を蒙らせたものである。

(7)よつて、右損害は、明らかに、訴外平尾誠一が訴外有限会社平尾工務店の取締役としてその職務を行なうについて悪意または重大な過失によつて惹起されたものということができるから、訴外平尾誠一は、原告に対し前記金一、八七六、七六〇円の損害を賠償する責任を負うものである。

(8)訴外平尾誠一は昭和四一年五月五日死亡し、被告平尾マツエがその妻としてその遺産の三分の一を、被告平尾佳志が右訴外人の養子として、被告平尾恵津子が右訴外人の嫡出子(長女)として、各右訴外人の遺産の一五の四宛を、被告吉井和子が右訴外人の非嫡出子として右訴外人の遺産の一五分の二を相続した。

(9)よつて原告は被告平尾マツエに対して、前記損害金の三分の一である金六二五、五八七円およびこれに対する本件訴状副本が同被告に送達された日の翌日である昭和四一年七月二二日より、被告平尾佳志、および被告平尾恵津子に対しては、いずれも、前記損害金の一五の四である金五〇〇、四六九円およびこれに対する本件訴状副本が右各被告らに送達された日の翌日である昭和四一年七月二二日より、被告吉井和子に対し、前記損害金の一五分の二である金二五〇、二三五円およびこれに対する本件訴状副本が同被告に送達された日の翌日である昭和四一年八月七日より、各支払いずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求におよぶ旨陳述し、

二、〈証拠省略〉

被告ら訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め

一、答弁として

(1)原告主張の請求原因(1)ないし(7)の各事実は否認する。

(2)同(8)の事実は認める旨陳述し、

(3)被告吉井和子は更に原告主張の債権は原告と訴外有限会社平尾工務店との間の請負契約に因るものであつて、原告と訴外平尾誠一個人との決律行為に基づくものではないから、原告の本訴請求は失当である旨陳述し、

二、抗弁として

(1)被告らは京都家庭裁判所に対し被相続人平尾誠一の遺産相続について限定承認をする旨を申述し、同申述は、昭和四一年一二月一四日右裁判所において受理された。

(2)よつて原告の本訴請求は失当である旨述べ

三、〈証拠省略〉

理由

一、〈証拠〉を総合すれば、原告と訴外有限会社平尾工務店とは、昭和四〇年七月中旬頃、原告を注文者、右訴外会社を請負人として、葵会北病院新築工事について、原告主張のとおり請負契約を締結したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、訴外有限会社平尾工務店が昭和四〇年七月末頃右工事に着手したことは〈証拠〉によつて認めることができ、右認定に反する証拠はなく、〈証拠〉を総合すれば、原告は訴外有限会社平尾工務店に対して、右工事について前渡金は交付しない約束であつたが、右訴外会社の要請により右工事の前渡金として昭和四〇年七月二二日

(1)額面 金一〇〇万円

満期 昭和四〇年一〇月二〇日

支払地 京都市

支払場所 株式会社三井銀行円町支店

振出日 昭和四〇年七月二二日

振出人 原告

受取人 有限会社平尾工務店

(2)額面 金五〇万円

満期 昭和四〇年一一月二〇日

その他の手形要件および支払場所は右(1)に同じ

(3)額面 金五〇万円

満期 昭和四〇年一一月二〇日

その他の手形要件および支払場所は右(1)に同じ

なる約束手形三通を振出して、同日これらを右訴外会社に交付し、更に昭和四〇年七月二四日

(4)額面 金一〇〇万円

満期 昭和四〇年一二月二〇日

振出日 同年七月二四日

その他の手形要件および支払場所は前記(1)に同じ

なる約束手形一通を振出して、同日これを右訴外会社に交付したこと、右訴外会社は、右各手形を利用して金融を得たこと、および原告は右各手形金の支払いについて、その各満期に一旦はそれを拒絶したが、結局支払つたことを、いずれも認定することができ、右認定に反する証拠はない。

三、〈証拠〉によれば、訴外有限会社平尾工務店は、昭和四〇年八月二八日手形に不渡りを出して銀行取引停止処分を受けて倒産し、同年同月末をもつて前記請負工事を中止したことを認定することができ、右認定に反する証拠はない。

四、〈証拠〉によれば、原告と訴外有限会社平尾工務店とは昭和四〇年九月初旬、前記請負契約を合意解約したこと、およびその頃までの間に右訴外会社がなした右請負契約の工事出来高は金一、一二三、二四〇円であつたことが認められ〈証拠判断略〉。

五、そうすると、原告は、右訴外会社に対し、前記前渡金三〇〇万円より右工事出来高を差引いた残金一、八七六、七六〇円の返還請求権を有するものということができる。

六、〈証拠〉を総合すれば、訴外有限会社平尾工務店は、昭和四〇年八月末頃多額の債務を負担して倒産したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右訴外会社が積極財産を所有することの認められない本件においては、右訴外会社は、原告に対する前記債務は、殆ど支払ができない状態にあるものということができるので、原告は前記金一、八七六、七六〇円の損害を蒙つたものということができる。

七、〈証拠〉を総合すれば、訴外有限会社平尾工務店の取締役であつた訴外平尾誠一は、昭和四〇年七月中旬、右訴外会社が、仮設資材の購入や人夫賃に要する流動資金は殆どなく、協力業者も少く、原告より前記工事を請負つても、完全にこれを遂行する能力がないことを承知しながら、右訴外会社のために原告と前記請負契約を締結し、かつ、前記のとおり原告から前渡金として合計金三〇〇万円の約束手形を受領し、これを利用して金融を得たものであることを認定することができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、原告が前記金一、八七六、七六〇円の損害を蒙るについて、訴外平尾誠一に、訴外有限会社平尾工務店の取締役として、その職務を行うについて、重大な過失があつたものということができるので、訴外平尾誠一は、商法第二六六条の三により原告に対し前記金一、八七六、七六〇円の損害を賠償する責任を負うものといわなければならない。

八、原告主張の請求原因(8)の事実は、当事者間に争がない。

九、本件訴状副本が被告平尾マツエ、被告平尾佳志および被告平尾恵津子に送達された日の翌日がいずれも昭和四一年七月二二日にして、被告吉井和子に送達された日の翌日が昭和四一年八月七日であることは、記録編綴の各郵便送達報告書によつて明らかである。

一〇、被告ら主張の抗弁(1)の事実は、原告の明らかに争わないところにして、〈証拠〉によれば、京都家庭裁判所は、昭和四一年一二月一四日、被相続人平尾誠一(明治四四年七月七日生、本籍兵庫県氷上郡春日町黒井二、一六一番地)の相続財産管理人に被告平尾佳志を選任したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告が本件において主張する訴外平尾誠一に対し金一、八七六、七六〇円の債権が、同訴外人の一身に専属するものでないことは多言を要しないところであるから、被告らは、前記相続分に応じて右債務を承継し、各被相続人前記平尾誠一より相続した財産の限度において、その責任を負うものといわなければならない。

一一、そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、相続財産を限度とせずに支払いを求める点においては、失当として棄却しなければならないが、その余は相当としてこれを認容しなければならない。

一二、原告の被告吉井和子に対する本訴請求にかかる債権が原告と訴外有限会社平尾工務店との間の請負契約に因るものであつて、原告と訴外平尾誠一個人との法律行為に基づくものでないことは、右被告の主張するとおりであるが、それでも、右被告が、原告に対し、責任を負わなければならないことは、前叙のとおりである。

一三、よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条第九三条仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

一四、尚、本件訴訟は、原告が訴外亡平尾誠一に対して有していた金銭債権の支払いを求めるべく、その遺産相続人である被告四名に対し、昭和四一年七月一四日提起されたものであるが被告らは、その後右被相続人平尾誠一の相続財産について京都家庭裁判所に限定承認をする旨の申述をなし、右裁判所は昭和四一年一二月一四日右申述を受理して、被告の一人である平尾佳志を被相続人平尾誠一の相続財産管理人に選任したものである。そこで、被告平尾佳志は民法第九三六条第二項によつて、相続財産管理人としての資格において、自己および他の被告三名のために、これに代つて被相続人平尾誠一の相続財産の管理および債務の弁済に必要な一切の行為をする権限を取得し、被告平尾佳志以外の被告三名は、右相続財産に対する管理清算処分の権限を失つたものと解するを相当とする。けだし、民法第一、〇一三条のような明文はないけれども、限定承認をした場合に、相続財産管理人以外の他の共同相続人が相続財産を自由に処分する権限を有するときは、清算事務の執行に支障を来たす虞のあることは多言を要しないところであるし、民法第九三六条第二項の解釈として、相続財産管理人が選任されたときは他の共同相続人は、相続財産について処分権限を失うとの見解を採り得ないものでもないし、民法第九三七条は、同法第九二一条との権衡上、限定承認をした共同相続人が未だ承認も放棄もしないで共同管理していた間に、共同相続人の一人または数人について民法第九二一条第一号に掲げる事由があつたとき、および限定承認をした後に、共同相続人の一人または数人について民法第九二一条第三号に掲げる事由があるときは、相続債権者は、民法第九三七条所定の権利を取得する旨を規定したものと解するを相当とするから、民法第九三七条の存在をもつて、限定承認をした共同相続人中相続財産管理人以外の相続人に、相続財産を処分する権限があるものということはできないからである。そうすると被告平尾佳志が被相続人平尾誠一の相続財産管理人に選任されたことによつて、他の被告三名の法定代理人たる地位を取得し、被告平尾佳志以外の三名の被告は、いずれも訴訟能力を失つたものであるが本件訴訟においては被告らには訴訟代理人があつたので、本件訴訟手続は中断せず、右訴訟代理人が新当事者である相続財産管理人たる被告平尾佳志の訴訟代理人とみなされたものである。(常安政夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例